商品詳細
カラーで見やすい!壱岐のローカル新聞をお取り寄せ!壱岐日々新聞/半年間購読 お取り寄せグルメ-壱岐もの屋
壱岐日々新聞は、壱岐の自然を守り、新しい風を吹かせて壱岐を変えたいと願う、30代〜40代の男や女たち数人の話の中から期せずして誕生した新聞。デジタル女将コメント:比較的新しい新聞ですが、どんどん読者が増えている新聞です。カラーなので見やすいのが特徴。柔らかい記事や特集が面白いです。発行 毎週金曜日壱岐ではこちらの新聞も発行されております。壱岐日報/年間払い壱岐日々新聞/半年間購読壱岐日々新聞のご説明壱岐はもともと離島ということもあって、新聞が独自に島の中で発達しました。現在でも数紙が新聞として発行されています。今後、島の情報を少しでも外の方に配信するために、壱岐もの屋でも壱岐の各種新聞を定期購読できるようにしました。*この新聞販売に関しまして、壱岐もの屋は利益を一切、上げておりません。壱岐PR事業の一環として行っております。壱岐の新聞の特徴・とてもローカルな話題です。・新聞をとることによって、新しい故郷をもてます。・結婚情報や花火情報など、今島で起こっている旬の話題を毎週、読むことができます。・壱岐を離れた方にも最適です。壱岐日々新聞(2004年7月23日号より)大相撲「壱岐の嶋」に集まる期待「嬉しいッス」に「これは大物」「いやぁー、よう頑張りよると思います。善戦しよると言えるでしょう」。四股名「壱岐の嶋」を名乗った勝本浦出身の島本泰(たい)君の育ての親、長谷川福和(よしかず)さん(海老館)は確信を込めて話した。序の口といっても、中卒の壱岐の嶋も、高校相撲部、大学相撲部出身者も同じ土俵での対戦となる。身長180センチ、体重120キロの壱岐の嶋といえども厳しい条件での スタートだ。その中での5月場所4勝3敗、今場所3勝4敗の成績には評価に値する重みがあるのだ。3月の卒業後は会っていないというお母さんは「髪も身長もどこまで伸びたか?ただ想像するだけ」と笑う。1回だけ電話がかかってきて「頑張っとるけん」と声を聞かせてくれたそうだ。お母さんは「親方が故郷に電話かけろというてくれたんじゃなかろうか」とその思いやりを喜ぶ。3月の「新序出世披露」では栃東関のまわしを借りての土俵姿がテレビで放送されたが、まだ取り組みの中継には出てこない。しかし応援の気持ちの強い勝本浦では、浜に出ている人達が夕方になると「郷土力士の成績の放送があるところじゃけん、戻ろうか」と家に帰る姿も見られる。5月場所で勝ち越しを決めた時は、あちこちのテレビの前で拍手や「万歳!」の声があがった。実は、家族が事前に想像していた島本君の四股名は“辰の島”など勝本にちなんだものだった。それが、「壱岐全体を代表するような立派な名で」ビックリしたという。「壱岐の嶋大(ひろし)」の名は、行事とも相談して画数の判断をつけたものだ。名古屋場所が終わった20日には、東海壱岐の会の下條恒生会長ら6人が、玉ノ井部屋の宿舎に激励に訪れた。近所にある渡良出身の阪本典一さん経営の料理屋「魚平」で昼食をともにして歓談。阪本さんのすすめるトロ丼をかき込み、鮨も平らげ、さらに牛乳パック1パックを飲み干すという豪快さ。壱岐の嶋は、はにかみながらも、早くも大相撲言葉で「嬉しいッス」と笑顔。下條会長は本誌に興奮気味の声で「彼は大物になりますよ。モンゴル出身の白鵬に似ている。モテる男になるでしょう」と手放しで誉めちぎった。また、壱岐の嶋は「玉の井親方が優しくしてくれる」と深く感謝していたという。玉ノ井部屋への入門は、長谷川福和さんが昔から親交のある同親方の人格の高さを信頼して推薦したもの。正解の進路選択だったといえよう。これからは9月秋場所(両国)を経て、11月には福岡で九州場所。「九州場所の応援が楽しみ」との声が既に広がり始めている。壱岐の嶋自身、東海壱岐の会の励ましに「福岡場所が楽しみです。場所が終わったら休みをもらって壱岐に帰ります」と、この時ばかりは少年の顔に戻って嬉しそうに話したという。お母さんは「帰ってきたら、生ウニやガゼミソや塩カラをいっぱい食べかしてやらないけん」と今から楽しみにしながらもこう付け加えた。「みんな応援しよるけん、悔いののこらんごと粘って欲しか」。
商品一覧に戻る
(三沢氏の勇姿を振り返る!日刊スポーツ「三沢追悼特集号」 他…)